パステルグリーンの色彩で―13
扉は重い音を響かせて開いた。
吹き抜けのエントランスホールが出迎えてくれた。記憶の片隅に残された場所。
初めて来る場所ではないはずなのに、どうもよそよそしくなっていた。
その理由は、有紀には想像がついていた。この空間からは、生活臭がまったく感じられない。有紀が初めて賃貸マンションに入った時と同じような感覚だった。
家から主がいなくなって約十年。その歳月が、この家から生活というものを奪い去ってしまったのだ。
「ゆきちゃんなにぼーとしてんの。さっさと運んでよ」
「あぁ、悪い」
佐織に言われて、思い出したように有紀は動きだした。これでは立場が逆だ。有紀は苦笑いを浮かべた。
「で、どこに運べばいいわけ?」
「ちょっとまてよ」
有紀はポケットから一枚の紙片を出した。間取りを覚えていないだろうからと、母がもたせたものだ。
「えーと、ホールの右側から二階に上がる階段があって」
「見ればわかるよ」
「黙ってろよ。二階は全部個室になってると。で、ここから左にいくと食堂で、さらに奥に厨房と。食糧をとりあえず厨房にあるはずの冷蔵庫に入れて、自分の荷物は二階の適当な部屋に置いてくると」
「はぁーい」
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