傷跡―8

「そんなつもりじゃないさ」
初めて逢った頃のたどたどしい発音は見られない。大学まででたそうで、英文法はかなりできていた。私よりもしっかりしていたくらいだ。そのかわり、発音があやしくて、当初はよくわからないこともあった。さすがに一年近くいて、なれたということだろう。
「あら残念ね」
からかうように私は言った。
「じゃ、誘ったほうがよかったかい?」
「無理ね。どーせ仕事よ」
「いそがしいねぇ」
「私じゃないわ。あなたがよ、ソー」
ソーイチローではあまりに長いため、ソーと呼んでいる。
私はファイルの一つを差し出した。
「やれやれ、そういうことか」
ファイルの資料を見ながら、ソーイチローは毒付いた。
「期間はイブまでの一週間」
「イブにまでこんな訓練しようだなんて。変わったアメリカ人もいるもんだな」
「そしてあなたは仕事ばかりの日本人なの。だから、あなたに紹介してるのよ」
「それでかよ。やけに報酬がいいわりに俺に回す理由は」
「あら、これは例外的に高いだけよ。もっと高いのはあなたがやらないだけ」
「それは言わないでくれよ。とりあえずこれはやるよ」
そう言って、ソーイチローは出ていった。


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