目覚まし時計
男は時計を手にとってみた。
男の手に収まった時計は黙々と時を刻む。狂うことなく単調に。
男は時計の電池を抜いた。
細い秒針が止まる。太い短針と長針も止まっただろう。男は少し時間を止めた気がした。
男は長針に人差し指を添えて日常とは逆さに回転させてみる。
長針は男に抗うことなく時を遡っていった。
…10分…20分。
朝食を食べている自分、顔を洗っている自分。
時計が指した時間の自分を頭の中に描くことで、男は時間を戻せた気がした。
男は長針に添えていた指を短針へと移す。そしてまた逆に回し始める。
…1時間…2時間。
この時計に叩き起こされながら、再び眠りへと導かれる自分。喉が渇いて目覚め、冷蔵庫を開ける自分。ブラックのコーヒーの入ったペットボトルを、麦茶と勘違いして飲み、吹き出す自分。
男は苦笑を浮かべながら短針を回し続ける。少し指の動く速度が上がった。
戻れるのか?過ぎた時間を。男はそう時計に訊く。
男は狂ったように時計を回し続けた。
無機質な音が響き、短針が根元から折れる。
男の問い掛けに対する時計の答えだった。
男の空想が止まる。
「悪かったな…仕事の邪魔して」
男は時計に詫びると、再び電池を戻した。
時計は三分ばかり遅れて時を刻み始める。
何事も無かったかのように黙々と…
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