ご先祖様にありがとう

「100年……いや、もっと先かもしれない。けれども未来に賭けるしかない。」
ある高名な学者はそう言っていた。
2030年初頭に人類の殆どを襲った奇病に対しての唯一の対抗法。それはSFによく在りがちな、コールドスリープによる永きに亘る眠りに就く事だった。
未来において発展しているであろう医学を当てにするという、前向きなんだかなんなんだか分からないアレだ。
問題の先送りにしか思えないのだけれど、それでも人類はそれに縋るしかなかった。
あとに残るのは子供たち。
この病はある一定の成長が見られない個体には感染しないという特徴を持っていた。感染してもすぐには死なず、徐々に衰弱していく。まあ、最終的には動くことすら出来なくなって死んでしまうのだけれど。
そんな分かりづらい病なのだ、これは。

コールドスリープ、そして子供たちへ知識を残すための準備をすべての国が共同で進めていき、『期限切れ』になりそうな者から、コールドスリープに入る。

比較的若かった僕は、殆ど最後のほうだった。感染しているかも知れなかいから、という理由でのコールドスリープ。
僕のような人間はかなりいるらしい。

「じゃあ、そろそろ眠ろうか。未来に賭けて。」
僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。







何故僕は逃げているんだろう。
気が付くと僕は森の中を駆けていた。何かに追われている、そんな感じだ。

森が途切れる。

そこには……子供たちがいた。
「君たちは?」
僕がそう言うと……彼らは笑った。
先頭の少年が口を開く。
「……初めまして、ご先祖様? 通じてますよね、この言葉。」
いきなりの事に僕の頭は混乱していた。
「ようこそ、未来へ。あなたたちにとっては絶望の未来へ」
彼はそう言い、また笑った。

「どういう……事だ?」
彼らが笑い終わるのを待って、そう訊いた。
「じゃあ、説明してあげますよ。あなたたちが無駄な眠りに……いえ、僕たちには無駄じゃありませんでしたけれど、ね。とにかく、あなたたちにとって無駄な眠りに就いてから、何があったのか、を。」

その話の内容は衝撃だった。
あの時人類は病気ではなかったらしい。単に種の限界にきていて、寿命が極端に短くなっていたのだ、と。
なにやら、ひとつの種族が存在できる限界の数があるらしい。人が少なくなった所為で増えた生物たちは、皆同じような状況に陥って死んでいったそうだ。
僕らが眠りに就いたおかげで、人類は擬似的にその数を減らし持ち直したというのだ。
そこまで聴いて、僕はふと思った。では何故僕を起こしたのか、と。

「気が付いた、ようですね。それも説明してあげます。何故あなたたちを起こしたのか、も。」

「僕以外にも起きているのか!?」
それはそうだ。僕だけを起こす理由はないはず。でも、だったら、余計に分からない。
「ええ、起きましたよ。正確には起きていた、ですけれど。」
そう言って、また笑う。

……どういう、事、なんだ。

「今、人類は……というか地球上は大変な食糧不足なんですよ。」

……僕は、何故ここにいる?

「それこそ、僕らの自身が共食いしなければならないくらいに。」

……僕は……何故逃げていた?

「それは避けなければいけないと思って昔の文献を漁っていたら、食糧はあったんですよ、ここに。」

……僕は…………何に追われていた?

「これで、しばらくは持ちそうです。ここまでの説明は、まあ、感謝の気持ちだと思ってください。」

……僕は………………何を見た?

「食べ物には、感謝の気持ちを表すものですからね。」

……僕は…………僕は………………

「ありがとう…………ご先祖様。」





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