サモナーな先輩
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 彼女の手には紅く染まった筆があり、ご機嫌に床に何かを描いている。
「何って、決まってるじゃない。マホージンよ」
「マホージンって……魔方陣!?また何か召喚するつもりなんですか!?」
「今回も不特定者召喚《ランダム・サモン》よ。あなたの時と同じようにね」
 そう、僕はこの間、彼女に召喚されたんだ。
 召喚された、といっても僕はただの人間で、先輩は助手が欲しくて召喚したって言っていた。ターゲットを人間に絞って。
 ちなみに、召喚されても契約さえしなければなんていうことはないそうで、僕も最初は契約なんてするつもりはなかった。
 でも、先輩の捨てられた子犬のような目には勝てず、結局先輩が卒業するまでの期間一年で契約したんだ。
「でーきたっと。じゃ、始めましょうか。左手だして」
「左手ですか?」
「そ、左手。右手にはもしもの為にこれを持っててもらうから」
 先輩が差し出したのは飾り気のない一振りの剣。
「ええっ、これって!?」
「大丈夫よ、本物じゃないから。だけど、魔物とかには効果大、っていう代物よ」
 手に取ってみると確かにそれは軽くて、劇で使う小道具みたいだった。
 それを右手にしっかりと持ち、数回振ってみる。ひ弱な僕でも軽く振れた。
「早く手ぇ出してってば」
 気がつくともう暗くなっていて、先輩が用意した蝋燭が辺りを照らしていた。
「あ、すみません」
 先輩の催促に応え左手を差し出すと、先輩は右手で僕の手をぎゅっと握ってきた。
 柔らかい……そう思った時、先輩はくすっと笑って、始めるわよ、と言った。
 すっと目を閉じ、何かを呟き始める先輩。
「っ!?」
 それが呪文だと判った瞬間、全身に脱力感が襲ってくる。
 同時に、床から先ほどまでの夕陽の朱とは異なる紅い光が、這い出してくる。
 先輩はまだ目を開けない。
 床にへたり込みそうになるのをこらえて剣を構え、魔方陣を睨みつける。
 光が強くなったその時、何かが光から飛び出してくる。

 次の瞬間

 視界の端に見えたのは

 先輩を襲う黒い影

 考える間もなく

 僕の体は自然に動き

 影を真っ二つに切り裂いていた

……えっ?何がどう……
「危ないっ!!」
 焦った先輩の声が聞こえ――せ、先輩に抱きしめられたぁ!?
「魔力を対価に出でよ、障壁!!」
 同時に崩れ出す天井。
 瓦礫は僕らを避けるようにして落ちる。まるで周りに見えない壁でもあるかのように。
 恐る恐る先輩の方を見ると、渋い顔でブツブツと呟いている。
「せ、先輩?」
「……なんでわたしが正式な手続きを踏んで張った障壁より強力なのよ……やっぱり、才能には敵わないっていうの?」
「え?」
 僕がその言葉の意味を理解できないでいると、先輩は急に我に返って
「な、なんでもないのよ、なんでも」
 と慌てて言った。
 先輩が言ったことは気になったが、先ほどから抱きしめられっぱなしな所為か、考えがまとまらない。クラクラしてきた。先輩、いい匂いだし……
「先輩、そろそろ離して……」
「ダメよ、結界の範囲って狭いんだから。密着してないと」
 速攻で却下される。
 ……結局僕は、天井が崩れきるまで待つことしかできなかった。


 数分後、ようやく先輩から開放され、一息つくことが出来た。
 辺りは瓦礫だらけで、先輩が魔法を使ってくれなかったら死んでいただろう。
「怪我はない?」
「ええ、先輩のおかげで無事でした。でも、なんでいきなり天井が……」
 すると先輩は一瞬妙な表情をしたが、
「たぶん、呼び出した魔物がやったんじゃないかしら。こっちに襲い掛かってきたし」
 そんなもの呼び出さないで下さいよ……
「でも、ありがと。守ってくれて」
「あの剣のおかげですよ。いつもの僕だったら、あんなふうには動けないですから」
 先輩は何故か複雑な表情で僕を見たあと、まあいいわ、と呟いた。
「さ、もう帰りましょ。早くしないと警備員さんに捕まっちゃうわ」
「えーと……これ、ほっといて帰るんですか?」
「じゃあ、あなたが責任取る?」
 あくまで軽い口調で先輩は言う。
「せんぱい〜〜」
 遠くから足音が聞こえる。
「じゃ、両手を出して」
 言われるままにを差し出した手を先輩は握る。
「魔力を対価に望む場所へ。転移」
 その言葉を最後に僕たちはその場から姿を消した。


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